マナーのないギャグセンスはただの失礼

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結艸庵ゆいそうあん(@yuisoan2020)です。

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1対1の場面であろうが、公共の場で大勢の人がいる前であろうが、SNSや社内、プライベートな会合で、失礼だなと感じるギャグを発してくる人がいます。 

つい先日もアカデミー賞で、相手を尊重しないギャグによって社会を騒がせたニュースがありましたね…。

不快と感じるギャグを受け取った人は、その場では、適当にやり過ごしますが、何度も的外れなコメントやギャグが重なると、相手にエネルギーを吸い取られるように疲弊してきます。

ギャグを飛ばした後、アハハと笑っていたのはあなただけだった…なんてことありませんか?

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思いやり、配慮、品格のない人と認識されることも…

マナーのないギャグを発している本人は、相手を笑わせようとしているのでしょう。

しかし、相手が傷ついていたり不快な気持ちで聞いていることに、全く気が付いていないことがほとんどではないでしょうか。 

相手が不快な気持ちでいることに気が付かないでギャグを発してしまう要因を考えてみましたが、一言で言えば、そのような人は自分よがりの人です。

あの人、毎度、失礼・不快な会話をするのはなぜ?!
  • 『誰が、どこで、どこのどんな人に対し、どんなギャグを発っするのか、相手の苦悩は何か』相手の過去の背景や立場、性格など深く理解していない

ギャグというのは、『誰が、どこで、誰に対してどんなギャグを発っするのかを客観的且つ深く理解できていないと、時に相手を不快にし、自分が孤立していくことになりかねません。

傷ついたり、不快な思いになるのは、実は相手だけではありません。

周囲の人というのは、よく見ているもの。

そのため、そのギャグを聞いた本人のみならず、周囲の人も不快な思いを感じるものです。

その結果として、不快なギャグを発した本人は、周囲の人から『思いやりや配慮のない人』や『品格のない人』と認識される可能性もあります。
一度ついてしまったイメージを払しょくするのが難しくなってしまったなんてことになったらもったいないですね…。

仏の顔も三度まで。

失礼・不快な発言を繰り返す人は、4回目には『そういう発言、やめていただけませんか』と言われなくても、周囲の人は去っていくものです。そう、孤立です。

周囲の人は意外とよく見ているもの。

どんな場合にも言えることですが、慌てて取り繕っても、『慌てて取り繕って一生懸命になっているな~』と周囲はお見通しということも…『本性』というのは、なかなか隠せないものなのです。

結局自分に跳ね返る

男女問わず、普段からギャグをよく使う同僚がいたとします。

普段からギャグを連発しているような人に対し、自分からおもしろおかしくギャグを使ってボケ・ツッコミを入れたとしても、お相手もあなたからのボケ・ツッコミに対し、それほど抵抗感はないと思います。

一方、日常的にギャグを発しない人、使う気配のない人に向かって、何気ない普通の会話の最中に、突然ギャグで返答した場合、その場の空気が凍ります。 

そのギャグが下ネタなら、その場の空気はさらに凍ります。

たった数回しか会ったことのない人(e.g., 会社の社長の奥さん)に対しても同様で、相手の人柄をよく知らない人と、何気ない普通の会話の最中に、あなたのノリで突然ボケ・ツッコミを使って会話を始めたり、下ネタギャグを言えばどうなるか、想像がつきますよね…。

このあたり(相手の人柄、相手との関係性、これまでの付き合い方など)が読めない・結果が想像できないのであれば、『この人、マナーのないギャグセンスをお持ちなのね』と思われ、自分の格を下げてしまいかねなので十分に注意が必要です。

誰に、そしてあなたとどんな関係性があるのか、その場の雰囲気・会話の内容は何か等、しっかり判断することがベースにあり、それらを見極めた上で『どんなギャグを飛ばすか』はあなたのセンスでしょう。

特によく知りもしない相手に対して下ネタギャグを使用することは、『セクハラ』や『下品』とみられ自分の品格を下げてしまう可能性もあるので、使用は避けた方が無難だと思います。

謝罪なしは、そういう人なりの人生に

人生というのは、波乱万丈です。

その場でニコニコし、自分の足でしっかりと立ち颯爽と歩いてている方も、裏では今まさにとても苦しい状況に立たされ、本当は今にも心が折れそうなほど苦しんでいる人もいるものです。

そんな苦しみを知らないのか、ギャグを通して相手が抱えている悩みを小バカにし、あざ笑い楽しんでしまう人もいるのです。 

相手の苦しみを知らずに発言してしまった…という時も往々にしてあることだと思います。

そんな時こそ、誠心誠意、相手に『謝罪をする』ことが大切。

相手を傷つけた時、相手を不快な思いにさせてしまった時こそ、自分の人格・生き方の姿勢が見えてくるもの。

ゆるぎない自信をもって、自分の人生に堂々と生きている人は、謝罪ができる人だとお見受けします。

謝罪もなくその場を逃げ去ったような人や、薄っぺらい謝罪で通した人を幾人か見て参りましたが、そういう人は、被害者ぶったり、哀れみのことばをかけてもらいたいが為に、いろんな人にすり寄り、”いい人”に見えるように一生懸命になっていました。

しかし、人格や本性というものは、『嘘』とおなじで隠せないもの。

いずれ周囲も気づき、結果的に孤立していったのが謝罪をしない人、自己保身をする人の末路です。


先に述べましたが、周囲の人は見ている人はよく見ており、気が付く人は気が付くもの。

失敗は誰にもあるものですが、何度も相手を不快にさせる人は、やはり孤立していきます。

孤独と孤立は似て異なるもの。

自らの行いで『孤立』とはなんとも虚しい末路です。

お笑い芸人となると、一部話も変わることもありますが、一般人としてギャグを発する場合、『笑っていたのはあなた一人だけだった』なんてことがないよう、ギャグはギャグでも、周囲を笑顔に・元気にさせるようなギャグセンスを身に着けることも、大人マナー、エチケット、なのです。

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